研究の背景
フォンドン大学では、作文という科目は日本語学科の一年生と二年生に最初の 4学期(2年間)で教えられている。この科目は担当したことがないが、日本語 フェスティバルやスピーチコンテストなどに参加した日本語学習者の作文を読ん で、いろいろな問題点が見つかった。何のために書くかという作文の目的や、作 文の構成、文体などの基本的な問題のほかに、主語としての一人称代名詞の過多 使用も1つの問題である。言い換えれば、学習者が主語としての一人称代名詞
(以下は一人称主語と略称する)を省略しないという問題である。
成山(2009)は日本語学習者は省略しないで全部言うと、実は、次の問題がで てくると指摘した。
例 中級学習者の作文 「前島さんは漢字を廃止しようとしました。前島さんは漢字廃止の議を 書きました。それから、1866 年に前島さんは漢字を覚えすぎますから、漢 字は廃止したいと思いました。前島さんは…」
以上のように小学生が書いたような作文になってしまうという問題である。そ れで、全部言わないほうが簡潔であるという。
以上の例のように、多くのベトナム人学習者は日本語で学習や生活などの身近 な話題の作文を書く時、一人称主語を適切に省略せず使いすぎる。一人称主語は よく使用されると、文章に人称代名詞が重なり、脈落性がなくなる。そして、読 み手に読書中に不愉快な感じを与える。
日本語はベトナム語と違って、「誰が、誰に」などをあまり言葉にしない。会話だけでなく、文章にもこの現象がよく見られている。特に、一人称主語はあまり
使用されていない。使用されなくても且つ省略されても、文の理解に支障がない。
しかし、ベトナム人日本語学習者はこの一人称主語の省略に身を付けず、自然に 一人称主語ばかり使用して作文を書くことが多い。これはベトナム人学習者の問 題の一つであると思っている。学習者は日本語の主語省略をはじめ一人称代主語 の省略について適切な知識がなければ、自然な日本語文を書けないと言える。だ が、日本語の授業には、主語としての人称代名詞の使用や省略の規則がしっかり 取り込まれているとは言えず、ほとんど学習者が独学するという事実である。こ れも日本語習得上の問題であると考えている。
現在、ベトナムでは日本語の作文における一人称主語の省略についての研究が まだ尐ない。そのため、この研究はベトナム人日本語学習者が尐しでも一人称主 語を適切に省略する際に助けとなることを期待したい。
本研究では、まずフォンドン大学の日本語学科の一年生と二年生の作文におけ る一人称主語の使用かつ省略に関する問題点を明らかにするつもりである。また、
大学で使用されている教科書の作文にも一人称主語の使用かつ省略を考察する。
それから、学習者の問題点に基づき、作文における一人称主語を適切に省略する指導法を提案する。
研究目的
本研究では以下のことを目的とする。
日本語における主語省略についての概要及びベトナム語の主語省略との相違 点・類似点を明確すること。
フォンドン大学の一年生と二年生の作文中に一人称主語の省略かつ使用上の 問題点を明らかにすること。
教科書の作文における一人称主語の省略かつ使用は学習者の作文における一人称主語の省略の運用に影響を与えたかどうか、どのように与えたか明らか
にすること。それから、調査・考察の結果に基づき、日本語学習者が作文における一人称主語を適切に省略できるように、指導法を提案すること。
研究対象と研究範囲
研究の対象は、日本語における省略、その中で主語省略を注目する。具体的に は日本語における省略の特徴、分類、主語省略の条件、日本語とベトナム語の主 語省略の比較である。本研究では一人称主語の省略を絞って研究し、一人称主語 の省略の条件を焦点に述べる。
省略は主語省略・補語省略・述語省略・助詞省略などのいろいろな種類に分けられる。本研究の範囲は主語省略、特に一人称主語の省略である。
研究方法
まず、理論的面では、省略、特に主語省略に関する文献や資料を参考し、日本 語における省略の特徴、分類、主語省略の条件、特に一人称主語の省略の条件を まとめ、ベトナム語の主語省略と比較する。
次は、フォンドン大学の一年生と二年生の作文や大学で使用されている教科書 の作文における一人称主語を対象に、その使用と省略を調査・考察し、学習者に インタビューをし、結果を分析した後、一人称主語を適切に省略する指導法に関 する提案を取り上げる。
5 論文の構成
本研究は3章から構成されている。
「序論」には研究の背景、研究目的、研究対象、研究範囲、研究方法、論文構成、
先行研究を述べる。
第1章では、様々な文献及び資料を概観してから、日本語の省略について概要で、必要な情報を掲載する。次は日本語における主語省略の頻度、条件および一
人称主語の省略の条件を取り上げ、そして、ベトナム語と日本語の主語省略を比 較する。
第2章は調査に集中する。調査目的、調査対象、調査方法、調査結果の分析を 述べる。まず、一年生と二年生の作文における一人称主語を対象に、使用かつ省 略の問題点を調査する。調査結果をまとめ、分析する。次に、学習者にインタビ ューを行い、学習者の一人称主語の省略かつ使用に影響する要因を調べる。
第3章ではフォンドン大学で使用されている教科書における一人称主語の使用 かつ省略を考察して、学習者の作文の一人称主語の使用かつ省略にどのように影 響を与えたか検討した上で、日本語学習者が一人称主語を適切に省略できるよう にいくつかの指導法を提案する。
本研究の「結論」には本論の研究結果をまとめ、今後の課題について述べる。
6 先行研究 どの言語でも省略の現象がある。この省略現象が注目を集め、多くの研究者に よって議論されている。
1)省略について
ハリデー&ハッサン(1976)は、省略とは「いわずにおかれた部分」であり、
指示と代用、接続と同じく、テクストの決束性を保つ重要な手段であるとしてい る。ハリデー&ハッサン(1976)によれば、省略のあるところには、必ず補うべ き語句、あるいは「省略されている」語句があるという前提があるが、省略を可 能にするのは、構造ではなく、「ある項目が省略されるのは、その構成に関わって いる全ての特徴――その構造の中に具体化されている全ての有意味な選択――を 表していない場合である。」とされている。また、「省略は、テクスト内での関係 であり、大多数の場合、前提とされる項目、先行テクストの中に存在している。
即ち、省略は普通、逆行照応的な関係である。時には、省略構造の中の前提要素
が外界照応的である場合もある。しかし、外界照応的な省略は、結束性とは全く 無関係である。」とされている。
久野(1978)は、省略の基本原則に関する見解を述べている。「省略の根本原 則」とは、「省略されるべき要素は、言語的、あるいは非言語的文脈から、復元可 能(recoverable)でなければならない。」ということである。
また、久野(1978)は、次のような省略順序の提案している。「省略はより古い
(より重要度の低い)インフォメーションを表す要素から、より新しい(より重 要な)インフォメーションを表す要素へと順に行う。」
次の例を見てみよう。
(1) 次郎はボストンに花子と行った?
(1.1)うん、ボストンに行ったよ。
(1.2)うん、花子と行ったよ。
古いインフォメーションを表す要素から、新しいインフォメーションを表す要 素へと進むという文中の語順の原則によれば、強調ストレスを置かないで(1)を 発話した場合、「花子と」のほうは「ボストンに」より重要度の高いインフォメー ションであると思われる。省略順序の制約によると、(1.1)は適格な答えである が、(1.2)は適格ではないということが分かる。
ベトナム人の言語学者も省略についていろいろ議論している。ほとんどの言語 学者は省略とは情報を減らすために、繰り返し要素(語彙・文法の繰り返し、い わゆる同一指示の要素)を省く手段を示している。発話連鎖には繰り返し要素が 多く、つまり、前文と次々文に同一指示の要素があって、それらを省略できる。
先行研究
1)省略について
ハリデー&ハッサン(1976)は、省略とは「いわずにおかれた部分」であり、
指示と代用、接続と同じく、テクストの決束性を保つ重要な手段であるとしてい る。ハリデー&ハッサン(1976)によれば、省略のあるところには、必ず補うべ き語句、あるいは「省略されている」語句があるという前提があるが、省略を可 能にするのは、構造ではなく、「ある項目が省略されるのは、その構成に関わって いる全ての特徴――その構造の中に具体化されている全ての有意味な選択――を 表していない場合である。」とされている。また、「省略は、テクスト内での関係 であり、大多数の場合、前提とされる項目、先行テクストの中に存在している。
即ち、省略は普通、逆行照応的な関係である。時には、省略構造の中の前提要素
が外界照応的である場合もある。しかし、外界照応的な省略は、結束性とは全く 無関係である。」とされている。
久野(1978)は、省略の基本原則に関する見解を述べている。「省略の根本原 則」とは、「省略されるべき要素は、言語的、あるいは非言語的文脈から、復元可 能(recoverable)でなければならない。」ということである。
また、久野(1978)は、次のような省略順序の提案している。「省略はより古い
(より重要度の低い)インフォメーションを表す要素から、より新しい(より重 要な)インフォメーションを表す要素へと順に行う。」
次の例を見てみよう。
(1) 次郎はボストンに花子と行った?
(1.1)うん、ボストンに行ったよ。
(1.2)うん、花子と行ったよ。
古いインフォメーションを表す要素から、新しいインフォメーションを表す要 素へと進むという文中の語順の原則によれば、強調ストレスを置かないで(1)を 発話した場合、「花子と」のほうは「ボストンに」より重要度の高いインフォメー ションであると思われる。省略順序の制約によると、(1.1)は適格な答えである が、(1.2)は適格ではないということが分かる。
ベトナム人の言語学者も省略についていろいろ議論している。ほとんどの言語 学者は省略とは情報を減らすために、繰り返し要素(語彙・文法の繰り返し、い わゆる同一指示の要素)を省く手段を示している。発話連鎖には繰り返し要素が 多く、つまり、前文と次々文に同一指示の要素があって、それらを省略できる。
カオ・スァン・ハオ(Cao Xuan Hao)(1991)は省略によって文や総合文の脈絡性 を支持し、文章中に同一指示を持つ語句の重なりを避けるためであるとしている。
カオ・スァン・ハオ(1991)は「省略とは提示しなくていい語句を省くことである。言い換えれば、語句をゼロ代名詞にかえることである」と指摘している。
2)日本語における主題と主語の省略について
日本語には主題と主語の違いがある。詹凌峰(2004)は、日本語の主題には、
主語から成る主題、目的語からなる主題、他の成分からなる主題があると述べて いる。本研究では、主語からなる主題も「主語」と見なす。そのため、日本語に おける主語と主題の省略に絞り、先行研究を再検討する。
① 三上(1969)の研究 日本語における省略に関する研究がいつ始まったのか明らかではないが、おそ らくよく知られているものでは、「X ハのピリオド越え」を主張した三上(1969) である。「X ハ」がピリオドを越えて、次の文まで提題の役割を果たすと指摘する。
助詞「ハ」によって明示された話題がいくつかのピリオドを越え、一連の文を一 つの話題を持つひとまとまりの文章としてまとめあげる。
(2)父は茶の間へは入らなかった。〔父は〕隣の間に座った。
(2)では、前文の 「父ハ」は、次の文「隣の間に座った」まで及び、省略され ている。
三上(1969)は、「前文の題目におんぶして、その一文としては題目の言表を欠 くこと」を略題と呼び、「題目「X ハ」は非常に大切な成分であるが、相手にわか っていると思えば、一回一回繰り返さなくてもいいものであるし、場面の状況で 了解が成立していれば、はじめから一回も言わなくてもすむことがある」と述べ ている。そして、略題の範囲として、「前文と前々文の題目が響き続けているとき、
提示の形ではなくても前文で注意の焦点にあった単語が、自然に題目の地位にせ り上がったとき、暗黙の了解が成立したとき」という三つの場合を挙げている。
三上(1969)のピリオド越え現象や略題の範囲についての指摘は、主題の省略 についての研究にとってきわめて有意義であるが、同じ話題が続くからといって、
日本語の主語省略についての概要及びベトナム語の主語省略との比較
日本語の省略についての概要
1.1.1 日本語の省略の定義
塚田(2001)によると、「日本語は、よく省略の多い言語であると言われてきた。
できるだけ、言動を尐なくして、お互いに理解し合えるところに美徳を見出す傾 向がある」という。塚田(2001)もこのように省略を定義した。「省略とは、話し 手(書き手)の意図することを、聞き手(読み手)が復元可能な部分のところを 指す。そして、この復元課程は、言語形式と推意の2側面によって相互作用しな がら行われる。」ということである。省略には、ある要素が具現化しうるのだが、
前出した構造から復元可能なので省かれるもの、および前出した形式とは関係な く論理文や状況知識・共有知識・背景知識を用いて推論を行う推意によって復元 するものに分けられることである。これらはお互いに対立するのではなく、補完 し合うのである。
1.1.2 日本語の省略の特徴
成山(2009)は日本語の省略の基本ポイント1は「文脈から聞き手にわかるこ とは言わない!」と述べた。つまり、文の前後の関係や状況から聞き手にわかる ことは省略すると言うことである。例えば、平变文では、話し手は一人称の
「私」は言わないことが多く、質問文の場合、聞いている相手に対する二人称の
「あなた」を省略する。その時話題になり頻繁に文章に出てくる項(誰が/誰に
/何をなど)はふつう言わない。こうした省略によって、簡潔にしかも正確に伝えるように表現する。
ポイント1 日本語の省略の基本文法 文脈から聞き手にわかることは言わない!
① 平变文では、1人称「私」はふつう言わない。
② 質問文では、2人称「あなた」はふつう言わない。
③ 話題になっている人や物(誰が/に/を)はふつう言わない。
そして、ポイント2は省略は文脈情報や話をしている時の場面に関係する。つ まり、似ている頃が文脈にない、前に言ってからの距離が短い、話の内容に関す る聞き手の知識が多い、場面がくだけたかカジュアルや聞き手が親しいなど、と いった4つの場合には省略できる。
* 似ている頃(誰が 誰に/何をなど)が文脈にない場合 例えば、「田中さんに会ったら、とても楽しそうだった」という文では、話の中 に出てきているのは田中さんだけで他の頃はないので、「楽しそうだった」の主語 である「田中さん」は省略される。
* 文脈の中でその頃を直前に言っている場合 例えば、「私の大学は東京にありとても便利だ。名門大学として有名だ。学生数 も多い」のように、すぐ前の主語と同じと分かるので、省略できる。
* 話の内容に関する聞き手の知識が多い場合 説明しなくても相手がわかることは省略されやすい。逆に相手に知識が尐ない 時、省略は減る。つまり、話し手と聞き手が共有している話題が多ければ、省略 は増える。親しい人たちの間では、言わなくてもわかる共通の認識が多いので、
省略が多くなる。
* 話している状況がくだけていて親しい人と話している場合 一般的に、家族や友人と話す会話はくだけていて省略が多く、反対に会議など正式な場での会話では省略が減る。また、話の内容も友人とする世間話などには省略が多いが、講義などの専門的な話では省略が減る。
ポイント2を詳しく説明すると、次の表にまとめる。
ポイント2 省略するか省略しないか
省略に関係すること 省略する 省略しない
(言わない) (言う)
1.似ている項が文脈にあるか ない ある 2.前に言ってからの距離 短い 長い 3.話の内容に関する聞き手の知識 多い 尐ない 4.場面と聞き手:どこで誰と話し
くだけた、カジュアル 正式、専門的 親しい 親しくない
1.1.3 日本語の省略の分類
1)塚田(2001)の分類
ハリデー&ハッサン(1976)によると、結束作用には、指示、省略/代用、接 続、語彙的結束作用の4つがあるとしている。その中で、省略はさらに名詞群省 略、動詞群省略、節省略の3つに分類されている。塚田(2001)はハリデー&ハ ッサン(1976)に基づき、日本語の省略現象の分析を行い、省略の3種類を順に 日英語の比較・検討をした。結果として、塚田(2001)は日本語では動詞群省略 と節省略を区別する必要がなく、まとめて節省略の枠組みの中で議論できそうで あると述べている。それで、ここでは塚田(2001)の名詞群省略と動詞群省略を 紹介する。
名詞群省略とは、名詞群内における省略のことを指すとハリデー&ハッサン
日本語の主語省略についての概要
1.2.1 日本語の主語省略の頻度
成山(2009)は、日本語は主語が頻繁に省略される。日本人にとって当たり前 でも、日本語学習者は戸惑うとしている。それでは、主語は実際にどのぐらいの
頻度で省略されているのだろうか。
参考1 主語の省略頻度
(国立国語研究所 1995)
『成山(2009:12)Mister O corpus実験』
上の参考1によると、会話ではほとんど主語「誰が/何が」を言っていないことになる。また、最近の実験結果(Ide, forthcoming)からは、平均 68.7%の主語
が日本語では省略されたのに対し、英語の省略は 15.4%とたいへん尐ないことが 報告されている。
ちなみに、盛文志氏による『雪国』四十文前後調査によれば、日本語原文では 主語が表示されているのは 55.8%、それに対してサイデンステッカー氏による英
語訳では98.0%である。
成山(2009:21-22)の会話例を見てみよう。日本語は全てを語らず文の最後ま で言わない方が丁寧になる。下の客と亭主の間でよく聞かれる会話にはたくさん の省略があるが、意味はわかるだろうか。日本のテレビドラマの脚本を分析した 研究(Niyekawa,1984)によると、3分の2の文は「会話1」のように、最後まで 言わない文だという。
「客 :そろそろ時間なので、…。
亭主:今、お茶を入れますから、…。
客 :すぐ失礼しますから、…。」
この会話から日本語の2つの特徴が見える。一つは「誰が/誰に」は全然出て こないが、意味はあいまいではない。二つは特に日本語では、文を終わらせず意 味を全て言葉にしない方が丁寧になる。
もし省略を補ってこの会話を言うと、会話2のようになる。しかし、このよう に省略なしで会話すると、押し付けがましく失礼に聞こえる。
「客 :私はもう長くここにおじゃましておりまして/次の予定があり、
そろそろ時間ですので、私はここを失礼して帰ります。
亭主:今、私があなたにお茶を入れますから、あなたはもう尐しここ にいませんか。
客 :私はすぐここを失礼しますから、あなたは私のためにお茶を入
れないでください。」 次は教科書における会話例も見てみよう。これは『みんなの日本語』初級 I 本 冊の第1課に初めの練習に現れてきた会話例である。
(22)「A: 失礼ですが、お名前は?
A: リーさんですか。
B: いいえ、イーです。」
『みんなの日本語初級I本冊』第1課の練習C 以上のような会話例が日常生活においてよく聞かれるだろう。初めて会って自 己紹介をした時でも、自分のことについて言うから、「私」の主語がよく省略され る。会話ではほとんど主語を言っていないで、省略する。このような自己紹介は 文章にも見られる。
(23)「初めまして。〔私は〕ワシントンです。〔私は〕アメリカから来ました。
うちはニューヨークです。どうぞよろしく。」 『みんなの日本語初級I初級で読めるトピック25』ウォーミングアップ1 要すると、日本語では会話だけでなく文章も主語がよく省略されるということ が分かった。
1.2.2 日本語の主語省略の条件
序論の先行研究に基づき、日本語における主語省略の条件として、以下の二つ を取り上げよう。
一つの条件は三上(1969)の議論に従うことにする。三上(1969)は、「題目
「X ハ」は非常に大切な成分であるが、相手にわかっていると思えば、一回一回繰り返さなくてもいいものであるし、場面の状況で了解が成立していれば、はじめから一回も言わなくてもすむことがある」と述べている。つまり、場面の状況
が明確であれば、はじめから主題主語を一回も使用しなくてもいい、即ち完全に 省略してもいいという条件である。したがって、省略された要素が状況知識を用 いて推論を行う推意によって復元される。
もう一つの条件は三上(1969)の「ハのピリオド越え」である。三上(1969)
は「「X ハ」がピリオドを越えて、次々の文まで及んいく」という「ハ」のピリオ ド越え現象を指摘してる。これは久野(1978)の「反復主題省略」及び成山
(2009)の省略のインスタント方法のルール1と同じパターンである。成山
(2009)によると、トピック(何ついて話か)「X は」を主語(主題主語)にして、
ベトナム語の主語省略との比較
(2002)は、「私は~」の日本語は「特別の状況」での発話であって、普通は自分 を対象化して文面に提示することをしない。「特別の状況」というのは自分を外の 世界の一員として対象化する、つまり、他者との「対比」や、特に自分を何らか の意味で「取り立てる」場合である。
1.3 ベトナム語の主語省略についての概要 1.3.1 ベトナム語の省略について
どの言語にでも省略の現象がある。ベトナム語は例外ではない。ベトナムでは 省略についての様々な定義がある。例えば、レ・ドゥック・チョン(Le Duc
Trong)(1993)の言語学述語説明の辞書には、省略は場面や状況によって元に復
元できる発話の一部や一要素を省くということが書いてある。ヂェップ・クァ ン・バン(Diep Quang Ban)(1998)もこのように省略を定義した。「省略は文中 に表出するはずだった文の一部がある理由で落とされても、この文を理解するの に影響を及ぼさない」ということである。フィン・コン・ミン・フン(Huynh Cong Minh Hung)(1998)は、「省略はゼロ形で代用法である。省略の語義機能は 文脈上の構成や語義によって、内容は前文の内容によって指摘される」と述べて いる。ファン・ヴァン・ティン(Pham Van Tinh)(1999)によると、文章中の省 略法は文と文の間に行われ、確定した文脈における文と文の関係によって読み手 が理解できる要素を略してはぶくことである(必要十分な文脈)という。
V.I.Lenin は頭がいい人は聞き手がわかっていることを言わないと語った。発話
連鎖には繰り返し要素が多く、つまり、前文と次々文に同一指示の要素があって、
それらを省略できる。省略されるところは主語、述語、目的語等である。
1.3.2 ベトナム語の主語省略について
ベトナム語における省略の一種類として主語省略についての先行研究もある。
ホアン・チョン・フィエン(Hoang Trong Phien)(1980)は省略文とは空主語の文 あるいはゼロ主語がある文だとしている。本研究では、主語省略に関するグェ ン・トォン・フン(Nguyen Thuong Hung)(1992)の研究に従うことにした。
グェン・トォン・フン(1992) は主語省略についてこのように指摘した。
「Tỉnh lược là bỏ một ngữ đoạn mà sự có mặt trong câu không cần thiết để tránh lặp lại các yếu tố cùng một sở chỉ (nghĩa là tránh sự nhắc lại một từ hay một ngữ đã được nói đến trước đó trong câu), và do sự lược sở chỉ này mà tập trung được sự chú ý của người đọc hay người nghe vào thông báo mới Trong hoạt động ngôn từ, chủ ngữ là thành phần dễ bị tỉnh lược trong câu Chủ ngữ trong các kiểu câu tỉnh lược không hiện diện nhưng có thể xác định được qua hoàn cảnh của câu Tỉnh lược đưa đến các hệ quả: chủ ngữ hiểu ngầm, chủ ngữ zê-rô và chủ ngữ ẩn.」
日本語に翻訳したら、次のようになる。「省略というのは同一指示の要素を繰り 返さないように、文にこのいらない詞句を省くということである(先行文に出現 した語や句の繰り返しを避けるという意味である)。この省略のため、読み手や聞 き手に新しい情報を注目させる。言語活動には、主語は文中に省略されやすい部 分である。出現しない主語は各省略文に、文の背景や文脈から指摘される。省略 は暗黙の主語、ゼロ主語、暗示する主語といった主語の種類を及ぼす。」
1.3.3 ベトナム語の主語省略との比較
グェン・トォン・フン(1992)の研究から暗黙の主語、ゼロ主語、暗示する主語という3種類の主語が分かった。このベトナム語と英語における主語省略の比較対照に基づいて、ベトナム語の主語省略と日本語の主語省略をある程度比較してみよう。ベトナム語の例文はグェン・トォン・フンの研究に出てきた例文をそのまま使い、日本語の例文はフォンドン大学で使用されている教科書の文章から取り出す。
1)暗黙の主語について
暗黙の主語がある文、いわゆる「主語なし文」には省略された主語は文脈やコ ミュニケーションの場面、コンテクストから分かるので、元に復元できる。
例 Hoa thơm mơ mãi vườn tiên giới, Chuốc mãi men say rượu ái tình
「夢を見る」(mơ)、「 飲む」(chuốc)の主語は文の中に表出していないが、筆 者のことだと分かる。
上のベトナム語の例文と同様に、次の日本語の文章から主語省略の現象を見て みよう。
「本の借り方
・ 受付でカードを作ってください。
・ 受付へ本を持ってきて、カードを見せてください。
・ 本は2週間借りることができます。
・ 辞書と新聞と新しい雑誌は借りることができません。
(中略)」 『みんなの日本語初級I本冊』第18課『子ども図書館』
「作る、見せる、借りる」という動詞の主語は出現しなくても、「あなた」であ ることがわかる。
暗黙の主語は場面によって様々な形で現れ、次の種類に分けられる。
① 主語は話者である
例 Xin lỗi すみません。 Ăn đã no chưa? もうおなかがいっぱいになった?
上の例文から、聞き手が場面に出てくる一人や数人に話していると、読み手が分かる。そのため、聞き手は主語(話者を表す人称代名詞)を使わなくても、聞
第1章のまとめ
主語省略の条件は2つある。一つは場面の状況(誰・何についての話か)で了解が成立している場合、即ち読み手が文脈からすべての感情や動作などの主体は筆者であることが分かる場合、はじめから一人称主語を一回も使用しなくてもすむというのである。二つは三上(1969)の「ハのピリオド越え」であり、文の主語が主題として提示され、そして次々の文にまでかかる場合、省略されるというのである。
一人称主語省略の条件は4つある。それは主観的表現、授受動詞、受身文、敬 語である。具体的には、主観感情・意向、授受動詞、謙遜述語が使用された場合、
被害の意味を持っている受身構文の場合、一人称主語が省略できる。
ベトナム語と日本語における主語省略を比較した上で、両言語の主語省略にお ける類似点はかなり多いと分かった。特に暗黙の主語の場合は両言語によく現れ る。その上、この暗黙の主語の種類は以上の主語省略の条件に相当する。
ベトナム語にも主語省略がよく見られるが、どうして日本語学習者は作文を書 く際、主語としての人称代名詞を省略することに注意しないだろうか。そして、
両言語における主語省略の類似点が学習者の省略の運用をどのように助けるのかもっと検討すべきだと思う。
フォンドン大学の日本語学習者の作文における一人称主語省略の調査
調査の概略
2.1.1 調査の目的
調査の目的は三つある。一つ目はフォンドン大学の日本語学習者の作文におけ る一人称主語の使用はどうなるかということである。二つ目は学習者が作文にお ける一人称主語を適切に省略するかどうか調査するのである。三つ目は学習者の 一人称主語の使用かつ省略に影響の要因を明らかにすることである。
2.1.2 調査の対象
2.1.2.1 フォンドン大学の日本語学習者及び作文について
調査の対象はハノイのフォンドン大学日本語学科に所属している日本語学習者 の一年生、二年生と彼らが書いた作文である。一年生と二年生はそれぞれ初・中 級レベルで約一年、二年で日本語を勉強している。作文のテーマは学習者に関す る学習や趣味、生活などの身近な事柄についてである。長さは一年生のレベルの
200字、二年生のレベルの200字以上から600字以内である。
詳しい内容は次の表1に示した。
表1.学習者の概要
学習者 レベル 人数(作文数) 作文のテーマ 一年生 初級 101 「自己紹介」、「趣味」、「旅行」など 二年生 中級 53 「子供の時の夢」「将来の予定」など
2.1.2.2 一人称主語について
日本語の人称代名詞は一人称、二人称、三人称に分けられる。本研究では一人
称代名詞のみを扱うことにする。一人称では単数形として「私」や「僕」(男性が 自分を指す時に使う一人称代名詞)、複数形として「私たち」などの語が使用され ている。
一人称代名詞が文の成分として機能している。これには主語の「私は」、「私 が」や目的語の「私を」などが考えられる。しかし、先行研究から「一人称の主 語が多く省略される」ということが分かった。従って、本研究では主語になる一 人称代名詞を注目し、調査してみる。
本研究における「主語」という用語は、「何がどうした」の「何々」に当たるも のを主語と扱っている「主題」「主体」「動作主」も含む用語になっている。
日本語の助詞「は」と「が」はともに主語の後ろにつく。この「は」と「が」
の違いについては次のようである。「は」は主語に付くと、「何について話すか」
という話題を提示する役割を持っている。ここでは「主題主語」という。「が」は 主格助詞で、その前にくる名詞が主語であることを提示する役割を持っている。
ここでは「主格主語」という。
具体的には次の例を参考してみる。 a.私は この写真を撮った。
主語 目的語 述語 b.この写真は、私が撮った。
主題 解説 目的語 主語 述語 a では「私は」は主語、かつ主題である。一方、bでは、「私が」は主格主語であるが、主題ではない。従って、主語の省略を調査するには、主題とのかかわりを考えなければならない。本研究では、主題主語と主格主語とは、緊密に関係して、その区別を問わずに研究対象として調査する。さらに、それらの主語が単文
(1節(主語と述語)のある文)に出現するか、あるいは複文(1文の中に2以 上の節がある文)に出現するかも区別しない。例えば、「X は…(X が)…」、
「Xが…(Xは)…」などのように表すことにする。
2.1.3 調査の方法
調査の方法は統計分析、インタビューである。
最初にフォンドン大学の一年生と二年生が学習や生活などの身近な題目を書か せ、書いた作文中に一人称主語の出現があるかないか作文数を統計し、分析する。
そして、学習者が使用している一人称主語には省略可能なものと省略している一 人称主語には省略不可能なものを統計し分析する。さらに、レベル別で見られる 一人称主語の使用差や省略差を検討する。
次は学習者の一人称主語省略に影響の要因を明確するために、学習者にインタビューする。学習者の回答をまとめ、検討する。
調査結果と分析
ここでは先行研究の主語省略の条件を指標とすることにした。一つの指標は場 面の状況(誰・何についての話か)で了解が成立している場合、即ち読み手が文 脈からすべての感情や動作の主体は筆者であることが分かった場合、はじめから 一人称主語を一回も使用しなくてもすむというのである。もう一つの指標は「ハ のピリオド越え」であり、文の主語が主題として提示され、そして次々の文にま でかかる場合、省略されるというのである。
調査したところでは学習者が一人称主語を完全に省略しかつ一回も使用しない
(一人称主語の出現がない)作文があれば、使用したり省略したりする(一人称主語の出現がある)作文もあるということが分かる。次の表はそれぞれの作文数をまとめるものである。
表2.一人称主語の出現別・レベル別における作文数
レベル 作文数
合計 一人称主語の出現がない 一人称主語の出現がある
表2から、一人称主語の出現がない作文数はレベル別にそれぞれ 5 つで、一人 称主語の出現がある作文数と比べ、非常に尐ないということが分かった。つまり、
学習者が一人称主語を完全に省略した作文もあるが、作文の数が尐ないのである。
そして、一人称主語を使用したり省略したりする作文の数のほうが多いとも分か った。さらに、一年生の一人称主語が使用される作文数は二年生のより2倍多い ので、総作文数における二年生の作文割合のほうが一年生のより2倍占めること が分かった。
2.2.1 一人称主語の出現がない作文と分析
以上から、学習者が作文に一人称主語を完全に省略したが、その作文数が尐な いと分かった。では、学習者が全部適切に省略できたかどうか次の作文例を検討 してみよう。作文例は一年生と二年生の作文からそれぞれ一つずつ取り出す。一 人称主語の使用かつ省略に注目するため、作文中に見られる他の文法的な誤用に は触れない。
例 一年生の作文(0)(テーマは日本語の勉強について)
「大学で日本語を勉強しています。わたしの日本語の勉強はおもしろいです。いつでも、どこでも日本語を勉強します。毎日うちで日本語をよ時間勉強しています。暇なとき、日本の映画を見て、日本の音楽を聞いて、日本語でニュースを読みます。日本語で漢字の読み方がいちばん難しいと思います。ですから毎日漢字を何回も読みます。今簡単な文型で日本語を話
すことができます。日本へ留学したいですから、日本語が上手になりたい です。」
例 二年生の作文(0’)(テーマは卒業した後の予定について)
「今まで大学で勉強している2年目になりました。
2年後卒業します。その時までいろいろな計画を実現させなければなりま せん。日本語を勉強していますから、将来はぜひ日本語や日本に関する仕 事を探したいと思います。その仕事は通訳や日本語の先生などです。いつ か通訳になったら、本当に日本へ行きたいです。日本へ直接仕事の経験を 集めに行きながら、日本の文化も日本人の生活について研究するチャンス もあります。それで、今から日本語を勉強しながら、日本の会社の情報を 調べています。CANON、PANASONIC などの大きい会社は多分私の将来の 選びだと思います。」
以上の2つの作文には学習者が一人称主語が一回も使用しない且つ完全に省略 した。一年生の作文(0)は「日本語の勉強」について、二年生の作文(0‟)は
「卒業した後の予定」について場面の状況が明確なので、はじめから一人称主語 を使用しなくてもすむ。また、学習者が一貫して一人の登場人物かつ主語の
「私」を明示しなくても「~思う」「~たい」という主観的表現を使用することに よって、意志・希望の主体は筆者であると読み手が分かったので、理解に支障が ない。つまり、学習者が適切に一人称主語を省略できたと言える。
しかし、このような作文には学習者が完全に適切に省略したわけではない。次 の作文例を取り上げ、学習者の一人称主語省略の誤用を検討してみる。
例 二年生の作文(0”)(テーマは子供の時の夢について)
「人生には様々な奇跡があります。夢はその奇跡の一つです。夢は人の生活に希望と未来を信じる力を与えてくれます。夢は私たちの生活をより美しくしてくれます。皆さん、夢が実現しますか。
調査結果のまとめ
フォンドン大学の一年生と二年生の作文における一人称主語の使用かつ省略の 調査から、次の結果が出た。まず、よく省略できる学習者もいるが人数が尐ない。
そして、一人称主語を過多使用しまだ適切に省略していない学習者が多いという 結果が言えよう。学習者の一人称主語の省略の主な誤用は「ハのピリオド越え」
の条件に従わず、同じトピックであるが、連文に一人称主語を数回使用するのである。誤用の要因は学習者がベトナム語母語の影響を受けているの他に、主語省略に関する知識がないというのを明らかになった。全体として二年生のほうが一
年生より一人称主語の使用かつ省略をよく運用し、より適切に省略できたという ことである。
省略可能な数が多い作文を書いた学習者が一人称主語「私」を適切に省略していないのはベトナム母語の影響を受けたからということが明らかになった。しかし、省略可能な数が尐ない作文を書いた学習者の最も多い回答は「日本語では一人称主語「私」がよく省略されたり、暗示されたりするから」、「先行文に一人称主語を明示して、次の文に自分のことを書く時、意見や動作の主体は自分だと読み手が分かるから」である。この学習者の回答に影響の要素を調査しなければならない。
教科書の作文における一人称主語の省略の考察及びベトナム人日本語学 習者の作文における一人称主語の省略の指導法の提案
教科書の作文における一人称主語の省略の考察
そもそも第二外国語として日本語を学ぶ学習者にとっては、日本語母語話者と 接して学習する機会が尐なく、学校の教室などで学習するのはほとんどである。
だから、学校で使用される教科書が大きな役割を果たして、ある程度日本語学習 者の勉強に影響を与えるのではないかと思う。そのため、この章では教科書にお ける一人称主語の使用や省略が学習者の作文中に見られた一人称省略の使用かつ 省略に影響を与えたかどうか、どのように与えたかを検証することも目的として いる。
3.1.1 教科書について
考察用の教科書は初級レベルの6冊、中級レベルの1冊のみで合計7冊の教科 書である。具体的には次の通りである。初級レベルで使用されている教科書は
『みんなの日本語初級』のセットである。その中に、『みんなの日本語初級 I、II 本冊』及び『みんなの日本語初級 I、II初級で読めるトピック25』、『みんなの日 本語初級 I、II漢字英語版』がある。中級レベルで使用されている教科書は『ニュ ーアプローチ中級日本語』基礎編改訂版のみである。
日本語学習者の作文中に一人称主語の使用傾向及び省略と対照するために、教科書も会話文を除いて、テキストの文章(日記、手紙など)に現れた一人称主語を考察する。そして、この文章の長さは様々で 100 字から 800 字のある。これらの教科書の中に一人称代名詞(ここでは単数形の「私」のほかに、「僕」も、複数形の「私たち」も含む)が主語になる場合を中心にして、使用数や省略数を統計し
3.1.2 結果と分析
考察したところでは一人称主語が完全に省略した(一人称の出現がない)作文 があれば、一人称主語を使用したり省略したりしている(一人称主語の出現があ る)作文もあるということが分かる。次の表はそれぞれの作文数をまとめるもの である。
表9.教科書と学習者の一人称主語の出現別における作文数
合計 一人称主語の出現がない 一人称主語の出現がある
上の表9から、教科書における一人称主語の出現がない作文の数は 17で、総作
文数の 4分の 1(23%)をほぼ占める。学習者のこのような作文数は 10で総作文
数の 1 割近くしか占めていないことが分かった。教科書には一人称主語の出現の ない作文が多いことが明らかになった。
次は教科書における一人称主語が使用されない作文である。
例 「来年の春、大学を卒業したら、空港の事務所で働くつもりです。子 どものときから飛行機が好きです。毎日、事務所から飛行機が見えます。
飛行機を見ながら仕事ができます。でも、卒業する前に、試験を受けなけ ればなりません。
それで、今年の夏休みは大学に残って図書館で勉強するつもりです。」 『みんなの日本語初級II漢字英語版』
第31課『来年の春、大学を卒業したら』
この作文は筆者が自分の来年の予定について書いたものである。一貫して一人
の登場人物かつ主語の「私」は一回も使用されていないが、文脈から全ての行動 の主体は筆者であることが分かったので、一人称主語「私」は省略された。この 省略は第一指標に沿うと分かる。
学習者はこのような作文を通して、一人称主語を完全に省略したことを習った のではないだろうか。しかし、この学習者の数がまだ尐ないと分かった。
次は一人称主語が使用されたり、省略されたりする作文に注目していく。次の 表は教科書に見られる一人称主語の語別における使用回数と省略回数を示すもの である。
表10.教科書に見られる一人称主語の語別における使用数及び省略数
一人称主語
私 僕 私たち 使用数 86 26 6 省略数 223 49 10
ベトナム人日本語学習者のための作文における一人称主語の省略の指導法の 提案
の提案第2章の調査・分析のように、日本語学習者の一年生と二年生が直面している大きく主な問題点は一人称主語を多用することあるいはまだ適切に省略していな
いということである。学習者はこの問題点をよく解決できれば、一人称主語省略 をうまく行うことができるはずである。それに、作文に自然な日本語文を書ける ようになると思う。
しかし、学習者はこの問題点を解決するのに必要な知識や力を十分に備えてい ない。現在の指導法もこれらの問題点に十分に注意していないと思っている。学 習者が一人称主語を適切に使用し省略するために、何をしたらいいか、どんな指 導法を適用すればいいか考えてみよう。今まで当然だと思っていたベトナム語母 語の基本文は日本語ではそうではないこと、ベトナム語も主語省略の現象がある こと、一人称主語の多用ということに対して、日本語学習者に内省の機会を与え たらどうだろうか。
指導法の提案の最終の目標は学習者が一人称主語省略をうまく行えて、簡潔な 文を書けるようになることである。本研究ではそれを踏み、学習者むけに適当な 指導法を提案したい。学習や指導の仕方が足りないことから考え、次のような作 文における一人称主語省略の指導法を提案する。
括弧によって日本語の省略の特徴を導入する。
主語省略があるベトナム語の例文を紹介する。
教科書の作文と学習者の作文を比較する。
主観的表現・授受動詞・受身文・敬語などを運用する。
3.2.1 提案1 魔法の括弧による日本語の省略の特徴の導入
ベトナム人日本語学習者がベトナム語の基本文には主語や述語がないと、不足 な文になってしまうと考えるため、作文を書く時、母語の文章から日本語に主語 をそのまま直訳することが多い。しかし、第2章の日本語の省略の特徴について、
成山(2009)によると、「文脈から聞き手にわかることは言わない!」という。例えば、平变文では、話し手は一人称の「私」は言わないことが多く、質問文の場
合、聞いている相手に対する二人称の「あなた」を省略する。その時話題になり 頻繁に文章に出てくる項(誰が/誰に)は普通言わない。こうした省略によって、
簡潔にしかも正確に伝えるように表現する。
では、ベトナム人学習者に日本語を教える学校ではこの日本語の省略の特徴を 導入するのにどのような指導が可能だろうか。例えば、文法総合練習として簡単 な和訳設問をやってみよう。そのまま人称代名詞を書けば、学習者に主語の省略 を考えず自然に直訳する人が多いと分かったから、非常に簡単で手間もかからな いのは主語としての人称代名詞を( )に入れ、学習者に括弧に入れた主語と しての人称代名詞を訳しないように言いつけるという方法である。(これは金谷
(2002)によって指摘された。) 次の例を見てみよう。
(Anh) đã ăn cơm chưa?
質問文の二人称主語と答えの一人称主語を省略して、日本語に訳すとすれば、
次のようになる。
「もうご飯を食べましたか。
はい、食べました。 」
こういう練習を積み重ねて行けば、学習者はこのような主語が省略できるとい う日本語の省略の特徴を簡単に理解できるようになる。それから、徐々に自然な 日本文を書けるようになると思う。小さな括弧でも重要な部分を助ける魔法の働 きをするということが分かるだろう。
3.2.2 提案2 主語省略があるベトナム語の例文の紹介
一人称主語の「私」を使わないと、礼儀正しくなくなったり、主語が欠ける文になったりしてしまうという学習者の考えはベトナム語の影響のためだと分かっ
てきたから、授業中に適当に主語省略があるベトナム語の例文を紹介する必要が あると思う。例えば、次の例文である。
Thương chồng nấu cháo le le
Nấu canh thiên lí, nấu chè hạt sen (ca dao)
Anh đi anh nhớ quê nhà
Nhớ canh rau muống, nhớ cà dầm tương (ca dao)
Anh cứ hát Hết sức hát Gò ngực mà hát Há miệng to mà hát Hát như con cuốc kêu thương (Nguyễn Công Hoan)
Bộ đội đói Mỏi Buồn ngủ Ngứa ngáy (Nguyễn Huy Tưởng) 以上のような例文はベトナム語のすべての文体に現れるというわけではないが、
ある程度説明すれば、学習者にベトナム語の文章に一人称主語省略の現象もある と認識してもらえるのではないだろうか。
但し、ベトナム人は上下関係の丁寧さやコミュニケーション文化によって主語 としての人称代名詞を省略する習慣がない。例えば、目上の人に対して会話をす る際、一人称主語を省略せず使用する。しかし、友達などの親しい人たちに対し ては一人称主語の省略がベトナム語にもよく見られる。これも学習者に説明すべ きである。
3.2.3 提案3 教科書の作文と学習者の作文との比較
第3章のまとめ
第3章は教科書の作文における一人称主語の使用かつ省略が学習者の作文にお ける一人称主語の使用かつ省略に影響を与えたかどうかどのように与えたか考察 してきた。結果は次のようである。学習者は教科書における一人称主語を完全に 省略した作文を通して、一人称主語を完全に省略したことを習った。しかし、こ の学習者の人数がまだ尐ないと分かった。そして、作文に数多くの一人称主語を 使用している学習者に教科書の作文が影響を与えないということを明らかにした。
つまり、一人称主語をまだ多用している学習者はほとんど影響を受けないが、省 略がよくできた学習者はよく影響を受けることが分かった。
調査を通して学習者の作文における一人称主語の省略に関する誤用及びインタ ビューによる学習者の回答、教科書の影響の程度などから考えた上で、ベトナム 人日本語学習者が一人称主語を適切に省略できるように指導法を提案してきた。
次のようである。括弧によって日本語の省略の特徴の導入、主語省略があるベトナム語の例文の紹介、教科書の作文と学習者の作文との比較、主観的な表現・授受動詞・受身文・敬語などの類型表現の運用である。これらの指導法はどのような結果を得るか、学習者の作文における一人称主語省略の運用にどのように影響を及ぼすか、将来実際に自分で指導するように希望している。
本論の内容のまとめ
第1章には先行研究に基づき、まず、日本語における省略の定義、特徴、分類 を概観してきた。そして、主語省略の条件を2つ取り上げた。一つ目は場面の状 況(誰・何についての話か)で了解が成立している場合、即ち読み手が文脈から すべての感情や動作などの主体は筆者であることが分かる場合、はじめから一人 称主語を一回も使用しなくてもすむというのである。二つ目は三上(1969)の
「ハのピリオド越え」であり、文の主語が主題として提示され、そして次々の文 にまでかかる場合、省略されるというのである。これは久野(1978)の「反復主 題省略」及び成山(2009)の省略のインスタント方法のルール1と同じパターン である。
次は、一人称主語省略の条件は4つある。それは主観的表現・授受動詞・受身 文・敬語である。具体的には、主観感情・意向、授受動詞、謙遜述語が使用され た場合、被害の意味を持っている受身構文の場合、一人称主語が省略できる。
それから、ベトナム人言語学者の先行研究に基づき、ベトナム語と日本語にお ける主語省略をある程度比較し、類似点・相違点を明確した。両言語の主語省略 における類似点はかなり多いと分かった。特に暗黙の主語の場合は両言語によく 現れる。
第2章ではフォンドン大学の一年生と二年生の作文における一人称主語の使用かつ省略の調査から、一人称主語を過多使用しまだ適切に省略していない学習者が多いという結果が出た。学習者の一人称主語の省略の主な誤用はよく「ハのピリオド越え」の条件に従わず、同じトピックであるが、連文に一人称主語を数回使用して省略していないのである。誤用の要因は学習者がベトナム語母語の影響
を受けているの他に、主語省略に関する知識を持たないというのが明らかになっ た。しかし、よく省略できる学習者が多尐ともいる。
第3章では教科書の作文における一人称主語の省略かつ使用が学習者の作文に おける一人称主語の省略かつ使用に影響を与えたということが分かった。しかし、
影響の程度は学習者によって違う。それから、学習者の作文における一人称主語 省略の誤用と要因に基づき、4つの指導法の提案を取り上げた。次のようである。
括弧によって日本語の省略の特徴の導入、主語省略があるベトナム語の例文の紹 介、教科書の作文と学習者の作文との比較、主観的な表現・授受動詞・受身文・
敬語などの類型表現の運用である。
今後の課題
本研究では学生の作文における一人称主語の省略について調査を試みていたが、
フォンドン大学の日本語科の一年生と二年生の作文しか調査できなかったので、
まだ不十分であると思っている。なるべく他の大学の日本語学習者の作文におけ る一人称主語の省略をもっと調査しなければならない。しかしながら、本研究の 成果はフォンドン大学の日本語学習者にとって、幾らでも役に立てば幸いと思っ ている。
それに、日本語学習者が一人称主語を適切に省略するための提案もより具体的
な練習問題なども作りたいと考えている。そして、提案の指導法の使用効果をま だ検討できていない。つまり、学習者がそれらの提案を運用したら、どれくらい 効果があるか、まだ考察できていない。今後の課題として、長期間でその指導法 を実際にし、効果を検討し、学習者の作文を通じ質的・量的変化を考察したいと 考えている。そして、主語の位置に現れるものが一人称代名詞だけではなく、二、
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『ニューアプローチ中級日本語』基礎編 改訂版 日本語研究社 教材開発室
1.学習者の一人称主語の出現がない作文例
① 学習者が適切に完全に一人称主語を省略した作文例 一年生の作文(0)(テーマは日本語の勉強について)
「大学で日本語を勉強しています。わたしの日本語の勉強はおもしろいです。い つでも、どこでも日本語を勉強します。毎日うちで日本語をよ時間勉強していま す。暇なとき、日本の映画を見て、日本の音楽を聞いて、日本語でニュースを読 みます。日本語で漢字の読み方がいちばん難しいと思います。ですから毎日漢字 を何回も読みます。今簡単な文型で日本語を話すことができます。日本へ留学し たいですから、日本語が上手になりたいです。」
二年生の作文(0’)(テーマは卒業した後の予定について)
「今まで大学で勉強している2年目になりました。